おい、クズ!

楽しい!

ぼくらの先生(仮)

ぼくらの先生

E市立H中学校43期生 3年B組 生徒名簿
担任 高坂三代

1番 新井遠澄
2番 石原貴理
3番 稲垣ひより
4番 遠藤唯
5番 大江光
6番 片岡有希
7番 金輪瑠璃
8番 小池律子
9番 佐久間玲奈
10番 白瀬義行
11番 関根芳絵
12番 千田翔馬
13番 田村可奈美
14番 富山暁人
15番 中澤青花
16番 野井亜美
17番 橋本雄吾
18番 日口梓弥
19番 古田哲
20番 真城芽衣
21番 宮村亮太
22番 森まりな
23番 山崎椿
24番 吉川遥菜

SHR

 「お待たせ」
襖が開く音がし、振り返ってみると見違えるほど顔が大人らしくなった中学の時のクラスメイトが立っており、懐かしさに思わず彼らは静かに微笑んでいた。
「あ、イインチョーだぁ」
3年B組で委員長を担っていた山崎椿は集まった面々の顔を見て少し安堵を浮かべる。そして委員長席と云わんばかりに空いていた中央の席に腰を下ろした。
「イインチョー、おひさだねぇ。何飲むのぉ?」
陽気な声を挙げながら山崎椿に近づくのは稲垣ひより。稲垣ひよりは中学生時代は周りより一段と浮く童顔をずっと気にしていたが、あの頃異常なまでに気にしていた幼い顔はあっさりと消え失せていた。最後に会ったのが大体十年ほど前という事もあるのかもしれない。
「同窓会ってこともあってさ、卒アル見返してたわけ。復習みたいなもんでさ――。でも顔全然違ってて誰が誰だか分かんないや。……あ、全く違うってことはないけどなぁ」と、白瀬義行は酒に呑まれたのか調子気味に話す。彼は中学校を卒業してから同時に就職をした。元々素行が悪い事もあり、高校受験を教師たちから薦められなかったという。最初は不満を申し出たが、それも受理される事もなく、結果的にはクラスで一番早く結婚をし、今は家族で仲良く暮らしている。何だかんだいって白瀬義行はクラスで一番早く幸せを獲得したのだ。
「ま、そーかもね」遠藤唯はほんのりと赤い顔を見せながらチューハイをギラギラと光るストローで啜った。彼女はクラスで、一番美人で博識であった。だからこそ彼女は地域で一番頭の良い高校に行き、地元を離れて皆名前を知っている有名な大学に通っている。誰もが望むエリート街道を歩んでいる彼女は白瀬義行のようには簡単には幸せになれなかったらしい。彼女の理想が高すぎるのが仇となってしまっているのだ。『条件はねー、いけめんで、おかねもちで、いけめんなひと!』と目をグルグル回しながら言っていた。
「あ、ヨシユキ、俺ってあの時から変わってる?」
「お前は変わんねーよ、その派手な髪色以外」
「え、そーなのか……」橋本雄吾は十年前と自分が変わってないことに少し安堵と驚きを見せる。彼は地元の平均的な高校を卒業し、その後美容師になるため美容師の専門学校へと進路を進めた。元々彼はなんでも簡単にこなせる人間だった。制服のボタンが外れると皆揃って雄吾のところへと並ぶ。その光景をやれやれと呆れながら嬉しそうに手早く直していく。面倒見がいいのか、はたまたクラスメイトが雄吾に甘えているのか。今となっては分からない。
「てか、全員揃ったね、よし」
「そーね」一人は相槌を打った。
「あ、俺、ウーロンハイ追加」
「ファジーネーブル!」
「ゆず酒、ソーダ割り」
「おっけー、おっけー」イインチョーは規則正しく近くにあったメモ帳でクラスメイトの注文を素直に聞き入れた。
「それじゃあ、さ」
この一声で、皆が黙り込む。
「はじめようか」と、言った。
とりあえず、水を喉に通した。咽は渇いていなくとも、これから目にする現実に受け入れられるように。カラン、と軽く氷が鳴っても、水が尽きても、見開いた眼が渇こうとも、部屋の冷房が効きすぎても、ぼくらの興奮は収まる事はない。今こそ、人生の始まりだ。中学生の卒業式が終わって十年経った、今日から、だ。
部屋は嫌になるほど、一気に静まり返った。彼らのテーブルの上で息を荒げて泣きじゃくる恩師の姿がクラスメイトの目に焼き付いていく。ずっと視線で何かを訴えているが何も知らない。恐らく彼らのことを祝ってくれているのだ。これは勝手な憶測でしかないが。しかし、目は口ほど……というが何も伝わらなければ意味は無い。先生が何を思っていてもぼくらは何も分からない。いつものように指示棒を振り回せればいいのに。教卓の上で楽しそうに振り回す姿は滑稽だったけども。
「ゴホン」イインチョーは大きく咳払いをした。
「3年B組、出席を取りまーぁす」
「はい」クラスメイトは大きく返事をした。あの時の卒業式の点呼の時のように。
「新井遠澄」
「欠席です」
「石原貴理」
「欠席です」
「稲垣ひより」
「はい」
「遠藤唯」
「はい」
大江光介」
「欠席です」
「片岡有希」
「欠席です」
「金輪瑠璃」
「はい」
「小池律子」
「欠席です」
「佐久間玲奈」
「欠席です」
「白瀬義行」
「はい」
「関根芳絵」
「欠席です」
「千田翔馬」
「はい」
「田村可奈美」
「欠席です」
「富山暁人」
「欠席です」
「中澤青花」
「欠席です」
「野井亜美」
「欠席です」
「橋本雄吾」
「はい」
「日口梓弥」
「はい」
「古田哲」
「欠席です」
「真城芽衣
「欠席です」
「宮村亮太」
「欠席です」
森まりな
「はい」
「山崎椿」
「イインチョーダー」
「吉川遥菜」
「欠席です」
全ての名前が言い終わった。委員長は大きく息を吐いた。出席を取ったから分かると思うが、卒業式から欠席が多いのだ。久々の同窓会というのにろくに集まらない。
アイツら、先生のことなんてどうでもいいから、こんなことするんだろうねぇ。って、誰かがボソッと呟いた。
「はい。これで点呼を終わります。皆、今日も楽しく一緒に過ごしましょう」
「はい。委員長」全員の声が揃う。
顔は、真っ青になっていた。














1時間目 保健体育
担当 出席番号3番 稲垣ひより

 突然なんだけど、ひよりはずーっと好きな人がいるんです! 
これは、先生とひよりの秘密なの。秘密を共有するって、大人みたいでひよりすごく憧れてたの。えっと、そのー。えへ。こんなこと言えるの先生だけだよぉ。
だって、好きな人がいるんだーって言ったら、瑠璃とかに冷やかされちゃうんだもん。その、ね。瑠璃と同じ人を好きになっちゃったんだもん。瑠璃から先生、相談された? されてない? あ。よかったぁー。そしたら先生はひよりの味方だね。ひよりの恋を応援してねぇ。えへ。
あ、好きな人はね、委員長なんだぁ。今、ひよりの隣の席でしょー。だからいっつも授業中お話したり……あ、もうあんまりお話ししないようにするね。ごめんなさい。う。でもでも。ね、委員長すっごく優しいんだぁ。ひよりが分からなかった問題丁寧に教えてくれるしぃ、あと運動も出来るし、あとね、今度、二人で遊びに行くんだぁ。ひよりすっごく楽しみなの。好きな人と二人っきりで遊べるんだよぉ。どんな服着ようかなぁ、とか、どこ行こうかなぁ、とか考えたら、心臓がすっごくドキドキするの。これが恋なんだねっ。恋ってすごいねぇ。だって見えるものが全部輝いて見えちゃうの。すっごくキラキラしてる! 今のひよりには先生も教室も全部輝いてるんだぁ。えへ、えへへへへ。へへへ、へへー。恋って、すごいんだねぇ。すっごく、素敵。素敵だなぁ。
……あ、でもね。ひより悲しいことがあったんだ。ひよりね、委員長が陸上部で走ってる姿すっごくすっごーくすっごーーく大好きなの。でも、委員長最近辞めちゃったじゃんー。それが悲しかったの。
あ。何で辞めたか、先生知ってる? ……知らないの? ふーん。そっかあ。まぁ、うん、またひより、聞いてみるよぉ。だって、好きな人のことは何でも知りたいもんね。えへへー。えへ。
ねぇ、先生。この気持ちはおかしいと思う? この好きだっていう気持ち。好きって、怖いよねぇ。だって、ひより、好きっていう気持ちが体中にあってねぇ、すっごーく、幸せなのぉ。このまま死んでもいいって思うほど。委員長のためなら死んでもいいや、って。委員長のためなら何でもしようって、思うの。だからね、ひより、何でもする。委員長が喜んでくれるなら何でもするの。
……ねぇ、先生。先生はひよりのこと、好きかなあ……。だって、ひより、先生のことも好きなんだぁ。先生はひよりのために何でもしてくれるー? 先生はひよりのために、死んでくれるー? 先生はひよりのために人を殺してくれるー? 先生はひよりのこと大好きだもんねー? あは。あははは。あはは。ははは。はー。
……うそだよぉ。死んでほしいなんて思ってないよぉ。あははー。はは。あーあ。冗談デス。キレイな無垢で真っ白なウソなのデス。
あはは。あー。つかれちゃったぁー。んじゃぁ、聞いてくれてありがとーね、先生。
さよーなら、先生―。また、明日ねー。ばーいばーい。


2時間目 体育
担当 出席番号23番 山崎椿

委員長の、山崎椿です。部活は、陸上部で、短距離の方でした。
その、走るのが昔から好きだったんです。走ると自分が皆より優れているかが一発で分かりますよね。……でも、それと同時に抜かされたら劣っているっていうことも分かる。遅いって感じちゃったときは屈辱だとは思った。だから誰よりも速く、速く、走りたかった。だから俺は走っていました。
勉強は努力をいくらか積み重ねていったら、それ相応にトップには詰め寄れます。だけど、それ以外は才能の問題。絵も他人を見様見真似で描いていたらある程度評価はされる。でも結局はそのある程度で終わる。それは、絵も、運動も、です。
俺には……、俺は、その。……才能が、なかったんです。
あ、大丈夫だよーとかそういう同情は要りません。だって、自覚はちゃんとしてるんで。俺は走るのが好きです。でも、好きからは何も昇華されなかった。好き留まりだったんです。
だから陸上部の顧問に指さされて怒鳴られるんです。
――お前ってヤツは、向上心が無い! って。
向上心のへったくれもないです。自分に才能がないんですからこれ以上の高みを望むことが出来ないんです。才能がないってだけで、自分は才能のあるやつからどんどん遠ざかっていくんです。あの時は自分が一番速かったのに、どんどん追い抜かされて、今となっては最下位。その時にはもう絶望もなかった。才能がないっていう烙印を押し付けられただけなんですから。
だって、世の中そんなものでしょう? いくら努力をしていたとしても、結局は努力よりも才能の方が勝ってる。努力はいくらでもしました。でも、でも、俺なんかより怠けてたやつに抜かされました。才能に負けたんです。だから、走るのを辞めた。ほら、簡単なことでしょう。
だから、だから、だから……、部活を辞めたことを責めないで下さい。他の先生なら、お前は逃げた、とでも言うんでしょう。
でも、先生は俺の気持ち、分かってくれますよね。
だって、俺は逃げたんじゃないんです、逃げじゃない。
だって、俺は後悔してないから。これは仕方のない事だった。
だって、俺は卑怯者ではないから。逃げてはない。
そうでしょう、ねぇ、先生。うん、って言ってください。先生。
そうすれば俺は、才能がなかったという理由をちゃんと納得できるんです。
だから、先生。ほら……。先生。先生は、俺のことを弱いって、最低な人間だと思いますか? 絶対に、思わないでください、先生。だって、だって。逃げてない。俺は逃げてないんです。そうですよね。あぁ、ありがとうございます、先生。その一言で俺は生きてていいんだって、思えます。あぁ、先生のクラスでよかった。先生は俺の先生だ。俺は、先生のためなら、なんでもします。だから先生、先生……、先生だけは、俺を信じてください……。
……重い話をしてすいません、明日には立ち直ると思います。本当にすいません。
それじゃぁ、先生。また明日。さようなら。



3時間目 道徳
担当 出席番号4番 遠藤唯

 先生。私、分かんないとこあるんです。

 

4時間目 国語
担当 出席番号21番 宮村亮太

 先生。俺は、アイツ、千田翔馬が怖いです。
最近もう何を考えてるのかが分からなくて、すごく怖いんです。俺アイツと幼馴染で、あの頃は結構分かってたつもりだったんですけど、中学入ってから何考えてるかわかんなくて、あぁ、もう嫌だ、俺ずっとアイツの何を見て生きてきたんだろう。すっげぇ嫌だ。もう俺にはアイツの暴走を止めることはできないんです。
だから俺、先生に相談することに決めました。先生なら何とかしてくれますよね。してくれなきゃ困ります。

昼休み

 ぼくらは、先生のためなら死んでもいいって思うほど先生のことを尊敬していました。
先生、大好きです。――だって私のことを心配してくれた。
先生、大好きです。――だって俺のことを見捨てないでくれた。
先生、大好きです。――だって僕らの先生だから。
大好き、という気持ちを先生はどうお考えですか?
嬉しいですか? 嫌いですか? ……それとも?
僕らは先生のことが大好きです。でも先生のことを言い様に思ってない奴らがこの教室にいます。アイツらは先生のことを否定しました。絶対に許されないことだ。
だって、ここは先生のための教室なんですよ。先生のためにある、一つの世界です。
従わない人間なんてこの世界には必要ではない。従う人間だけを残しましょう。その行動こそがこの世界を安寧へと導くんですから。
アイツらは、必要ない。そうですよね? 
ちゃんと、はっきりと、そうだと、言え。ほら、言え、……言え!

ねぇ。先生。
先生は、どう思っていますか?

**

快晴で卒業式の日で胸に大きな赤いお花がついているのにもかかわらずアイツらを屋上に引き連れてやってきたそこは大きく大きな拍手が下から落ちてきている曼荼羅も恐らく祝福を目の当たりにしているかけがえのない日に私たち俺たち僕たちでさよーならーと一声をかけて「せーの、で、お前らは、死ね!」と一人が言うのでガタガタと歯が鳴る先生先生先生先生、先生はどうして一番下でぼーっと見ているのか殺される殺されるんだいいのかとかのんきな声を出しながらベッドの上で見た地球儀は死角なのに青い空はきっとこのまま海に染まってしまいきっと夢さえも食べてしまいますのかと教師はどんな顔して言っていたのだろうかとふとマージナルになって咀嚼してるてる坊主は幻までも凌駕をして空はいつの間にかみどりみどり噴水色がおかしくて滑稽なレジ打ちの店員は鋭い眼光で天国の階段エスカレーターにしていって子宮の中に溺れていたカマキリはポップコーンみたいに吹き飛びメリーゴーランドで火星は潰れて地球人大パニックで放射能を投げ飛ばすメジャーリーガーが焼き肉を食べたのならば「死ね!」の喝采が周りで鳴っているのかガタ、ガタ、あ。あ。あ。あ。あ。あ。あ。
あ。
あ。あ。
「早く死ねよ、先生が待っているだろう! あは」あははは、と笑うクラスメイトは楽しそう。
「死ね」「しね」「死ね」「死ね」「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「先生の思う通りにならない、お前らなんて、永遠に卒業できねーよ! わははは」
せーの、で、声を合わされて。
「ゴホン。あー。お前ら、留年、おめでとうございます!」
パチパチと手を叩く、嬉しそうなクラスメイトの音が耳に嫌なほど鳴る。あぁ、いやだ。いやだ。死にたくない。死にたくないよぉ。
「死んで、詫びろ。あは、あは。はー」あは。あ。あー。あ……。
「じゃぁ、死ね!」と、嬉しそうに千田翔馬は言った。
全部、コイツの思い通りの世界だったのか。
その声が聞こえ、後ろから、皆、押される。羽ばたくこともなく、落ちる。
先生の顔は、真っ赤になった。


5時間目 数学
担当 出席番号12番 千田翔馬

 この光景も、この結果も、すべては先生のためなんです。
だってぼくらは、先生の生徒なんだから。
先生のために、従う生徒だけを残しました。
先生のために、従わない生徒は消えました。……それがこの結果です。どうですか? 先生。嬉しいですか? 先生。ぼくらは先生のために全て尽くしました。それを否定するのならば、先生はぼくらの先生じゃなくなるんです。そんなの嫌、ですよね。だったら、この光景を素直に受け取ってください。これはぼくらから先生への卒業祝いです。先生、おめでとうございます。卒業、おめでとう……。って。あはは。嬉しいに決まっていますよね。だってもうここには先生の言うことを素直に聞く奴隷しかいない。奴隷って言い方悪いですかね。……そうですね。言うならば、盲信者。先生はいわば、一宗教の教祖です。そしてぼくらはその信者。もし、先生が、皆死ね、と指示棒を振るのならばぼくらはそれに従います。だってそれがぼくらの願いなんですから。
 ところで。話は変わるんですが、ぼく、今先生を目指しているんです。だって、ぼくは先生みたいな先生になることが夢なんですから。先生と同じ教科の数学を教える教師になろうかなーって。だってぼく、先生のために数学は良い点数を取っていたでしょう? そのたびに先生は褒めてくれました。あの時の喜びをぼくはまだ覚えています。――千田君は、すごいねぇ。って。あはは。まぁ、アイツらの先生は、お前じゃないんですけどね。ハハハハハ、知ってましたか? 知ってなかったよね。だって、お前はクラスメイトのことを何も見ていないからだ。見ていた? よくそんな口を叩けるなぁ?! それじゃぁ、高坂。答えてみろ!
問題
稲垣ひよりは誰に恋をしていた? 
解答
大江光介〕
外れ! お前はあの教室でどこを見ていた? 床の木目でも数えていたか? ……次。
問題
山崎椿はどうして部活を辞めた?
解答
〔空白〕
問題外。
ねぇ、本当に、お前は、何を見ていたんだ?



補習
担当 元・3年B組担任 高坂三代

 私のクラスの生徒が、卒業式に半分以上死にました。
私の、何がいけなかったんでしょうか? 私の指導の仕方? クラスの雰囲気? いくら問うても答えてくれる人は誰もいません。誰もがこんな悲劇になるとは思ってもいませんでしたから。勿論、私も。
……だって、中学生活を殆ど共にした子たちが卒業式という晴れ舞台で、急に飛び降りたんですよ? 私には……わけが分かりません。何が起きたのか、今になっても分からないままです。
私には教師が向いてなかったのでしょうか。向いてなかったからこそ、こんなことが起きたのかもしれません。でも、残ったクラスの子は、先生は悪くない、の一点張りです。……それは、本当なんでしょうか?
私は、あの時から何も分からないままです。
私には、先生、と呼ばれる資格はありません。
もう、だめです。
……。…………。


放課後

同窓会も終わりに近づいていた。ヒュー、ヒュー、という高坂の荒い息が賑やかな間に流れていく。酒の空いたグラスに囲まれて泣く恩師の姿は実に惨めだ。
「……で、さ。先生」ぼくは咽び泣いている高坂の顔を見る。こんな奴がぼくの憧れだったのか。馬鹿らしくなってきた。
「実はさ、ぼく、今日とっておきのことを考えてたんだ。みんなも聞いてくれる?」そう言うと、酔ったクラスメイトは、おー、わー、とかいう黄色い声を出した。その中で高坂だけはまだずっと泣いている。いつまでコイツは泣いているのだろうか。いい加減泣き止めばいいのに。
「あのねー!」スゥ、と息を吸い込んだ。
とっておきの、理想は目の前にあるんだ。
「……今日から、ぼくが先生になるんだ」
「せんせい?」高坂の声は震える。
「うん、そうだよぉ。ぼくがこの3年B組の担任になるんだぁ、だからこの教室はぼくの物になる。だからこの教室はぼくの指示ですべてが動く。とっても素晴らしいユートピアになるんだぁ。だってさ、誰もがこれまで以上に理想通りに動いて、理想通りに死ぬ。あーあ、すごいなぁ、嬉しいなぁ……」
「いやだなぁ、先生は、お前だったじゃないかぁ」信者が一人跪いた。
「先生、俺はどうすればいい? いつも通りに教えて」また一人。
先生先生先生、と目を虚ろに靡かせ、更に落ちていく。
ここが、ぼくの楽園となる。なんて幸せなんだろう。争いも憎しみも何もない、たった一つの楽園。ぼくが望んでいたもの、そのものだ。

8


イメージを持つのならば、花火です。
火をつけると鮮やかに大爆発をしてしまう、火をつけると鮮やかに散る。その光景は私にとっては至高なのです。いやもしかしたら、光景よりも行為に昂りを覚えているのかもしれませんが。
そうですね。初めは、気紛れでした。
どんな人でもそんな事を言うでしょう? 私もその一人なのです。やはりほんの気紛れから行為に及ぶのです。ただの気紛れが最悪な結果へと導いていくのです。
帰り道に一匹の野良猫をよく見かけたのです。にゃぁなんて甘い声を出しながら歩いていく。鬱陶しいなんていう嫌悪はありません。ただ、興味心。それに尽きてしまいます。
理科の実験でアルコールランプに火を付けて――ってこと、貴方はしましたか? その時どう思いましたか? 火は怖いって思いましたか? えぇ。それが一般論だと思います。
私は燃えていくのを見て、ただ美しいと感じました。……野良猫は汚かったのです。美しくしてあげようと思ったのかもしれません。
いつも持ち歩いているライターで野良猫がいる草叢に火を付けました。ぱちぱちと火花が飛んでいき、猫の声が段々掠れていって……。火は抗いもせず燃え盛ります。街灯もあまりない村ですから、火はとても明るかった。小さな虫たちは火の中に飛び込んで一瞬で消え果ててしまいました。
まるでその様子は、花火でした。
真っ赤に空を彩ってしまうのです。貴方にも是非見てほしかった。とっても綺麗でしたから。
――暫く経った後、私は火を消しました。そこには何もなかったのです。甘い香りだけが鼻をつくのです。野良猫も何もかも火は喰らい尽くしました。おぞましくも美しさが有り触れている火に私はうっとりしました。本当に綺麗でしたから。……私が草叢を燃やした事は幸い誰も知りませんでした。この村は長閑ですから。
誰もこの村の住民が野良猫を殺しただなんて思いません。ましてやこの私が殺しただなんて……。
だからこそ私はバレないと確信をしてしまいました。このまま続けてもいいと。…あの村は私が燃やしました。皆、綺麗に無くなってしまいました。後悔はしていません。むしろしなければいけなかったのです。このこと全て絶対にバレないと思っていましたが、バレてしまいました。反省はしていません。

サマー・スリープ

 

 

夏は死を象徴する。

 

と、教科書に載ってあったので、僕はすっかり鵜呑みにしている。確かに夏の暑さは殺しに来る。暑さで蒸されていく脳は死んでいっている気はする。いいや、多分。…僕のある可能性としては確実に死んだ。
夏は人を殺した。
それは瞬間的だった。日差しに人が溶けた。氷が水になるような感覚ではなく、綺麗な粉になって溶けた。…溶けた、と形容するべきでないのかもしれない。
舞い散った、といった方が正しいのではないのだろうか。教室にいたクラスメイトは太陽の日差しに浴びた瞬間に舞った。舞った香りは干したばかりの布団。キラキラと赤く。赤いのは血? 
その瞬間を見ていたもう一人のクラスメイトは、星空みたい。とても綺麗ね。と目を爛々と煌かせながら言っていた。
校庭にはクラスメイトが着ていた体操服だけが取り残された。目の前に立っていた松山くんも粉になって気化した。いつも口うるさい体育の教師さえもジャージを残して実体は消えた。
皆、夏に殺されてしまった。
家の門前にいつもいる愛犬も首輪だけ残して消えていた。コイツの場合は気化したのではなくただ単に脱走したのかもしれないが。家のリビングもなにもなくなっていた。
帰ると挨拶をする母親も、テレビを付けるといるアナウンサーも何もかも消滅をしてしまった。消えた理由は定かではない。日光を浴びると人間が消えただなんていう馬鹿らしい有り様なんてどうなのだろうか。嫌なほど暑い。暑いので眠くなってしまった。エアコンもつかない。水も止まってしまった。
…とりあえず、目を瞑った。とても眠かったので。
目が覚めても世界は何一つ変化などしていなかった。
むしろ夢の方が、現実味があった。いつものような日常こそ、やはり僕の中にある現実に相応しいのだ。今目の前にある現実はどうなった?
(殆どの人間が夏に殺された。) 
現実とは非情だ。もしかしたら暑さで脳がやられているのかもしれない。もう一度寝れば夢こそ現実に成り代わるのではないのか。脳に満ちていく期待感。その期待感に、裏切られた時は? 裏切られた時は、僕はどうすればいいのだろうか。圧し掛かる不安感が肥大化していくのが分かる。もう一度、もう一度だ。目を瞑る。何とかしてこの夢から覚めないといけない。そうしないと、僕はこの夏に殺される。
いくら寝ても目が覚めても現実は現実のままであった。本当にどうしよう。不安感が全てを呑み込んだ。
とりあえず外に出よう。行動してみれば少しはこの不安感も掻き消えてくれるかもしれない。僕は通学用の鞄に温くなった水と食器棚に詰められていた菓子類を適当に詰めた。あと、帽子。日光を浴びたら僕までも消えてしまうかもしれないからだ。帽子を深く被り、通学カバンを背負って未だ明るい外へと出た。
まだ昼は明けない。僕自身がずっと寝ていたからかもしれないが、時間の感覚が狂っているのが分かる。
あの日から何日が経ったのだろうか。もしかしたら綺麗、だなんてぬかしていたクラスメイトも消えているのかもしれない。もしかしたらこの世界で一人になってしまった、だなんて。…変な事を考えるのは止めた方がいい。
その思考一つで精神が参りそうになる。どうしてか日は暮れない。いくら歩いても日は一向に傾こうともしない。このまま日は昇り続けているのか。鞄から水を取り出し喉に通した。生きた心地が全くしない。
もしも本当にこの世界で一人きりだったりしたら。全員消えてしまっていたのならば…。僕はどう思いながら生きればいいのだ。蝉の鳴き声さえも聞こえない。風が靡く音だけが耳を通った。また眠くなってきてしまった。
僕は本当に寝ていいのだろうか。ここで寝てしまったら人類滅亡だなんていう事が起きてしまったら。でも、目を瞑ってしまった。
そうして、永遠に目覚める事はない。
世界は滅亡した。


「―――実験終了です」
声と共に、ブザー音が鳴った。部屋一体が冷凍施設になっているのか、部屋にいる者は全員厚着であった。
実験の結果としては、成功。一人の人物はそう断言した。
冷凍施設に幽閉されている高校生の少年は――、生きている年齢としたら高校生に値する少年は、生まれてから永遠に眠り続けていた。彼の親族はずっと彼の死を望んでいたが、誰も彼を殺せなかった。だが、彼は今ようやく死を迎えたのだ。

ずっと望まれていた、幸福な死を迎え入れた。

「彼は、寝ている間、どんな夢を見たのでしょうか?」

「さぁ。でも、彼は、ずっと一人だったんじゃない?」

冷凍施設の外では、延々と蝉が鳴いている。

29.4.29-5.03


探していたものはもうない。ずっと探していたものは、自分の中で、今死んだ。誰もが憧れる、シュガーまみれの頭はいつしか現実が襲ってきて甘味も苦味も、今となってはそもそも味がしない。そこにあるのは、何もないという事実だった。何もない。隣からテレビの声がする。忙しない音ばっかり聞こえて、自分自身がようやく生きているということは分かった。よかった、生きていた。よかったと思えることが真っ当に生きてる人間の幸せなのではないか? だが自分自身、寝起きでそこまで頭は回らなかった。一昨日、よく燃える。煙草の先から甘く流れたメンソールが目に入った。そういえば、煙草は駄目らしい。イライラした。よく燃えて、よく死んだ。そろそろ、死ぬ。死ぬと思う。きっとじゃない。確実に死にそう。脳が働かない。何もないからだ。昨日、死後を考える。人間は死んだらどうなるのだろうか。輪廻転生なんてそんなものがあったら、来世こそは真っ当に生きられる人間のレベルへと昇華したい。ただの願望だ。今を生きようとは思えない。今はもう生きれない。妥協まみれだ。こんなのでいいや、が連鎖して縛られていく。とりあえず、甘いものが食べたくなった。とりあえず、煙草に火をつけよう。人生はまだまだこれからなのだ。フィルターが吸う度に消えても、確かに生きてる。生きてることは幸せになれるのだ。幸せになれるかなー。幸せになれたら何しようかなー。んー、とりあえず、死のうかな!アハハハハ。お前は自殺願望者かて。お前は自分の命限定の死神かて。はっはっはー、あーあ、どっちも当てはまるけどね。最近、自分の人生を考える時が多くなって、いかに自分が恵まれてたかが嫌になるほど分からされてきた。これが幸せなのかなー。普通に生まれて、普通に愛でられて、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に家族を作る、っていうのがやっぱり幸せのテンプレート? あー、でも、一人が言ってたな、その普通になるのがどれだけ難しいか、って。そうだなぁ、やっぱり普通って難しいんだよね。つまり平均は難しい。これは、違うか? あ、でもでもでも、幸せの定義って人それぞれだ、もしかしたら一人は寝ている夢で幸せを感じるかもしれないし、一人は他人と関われてることで幸せを感じるかもしれない。前者は過去の自分の幸せだったり。そう、夢、夢の中ってすごいんだよ。夢の中で自分は空も飛べるし、サイキックな能力も使える。本当にファンタジーの世界の主人公になった気分になれる。もしかして、現実逃避だったりする? あはは。いやだなー。人生これからだー、人生はこれから。あー、明日ぐらい突然死しないかな。とか思ったりした。アハハ。